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仙台地方裁判所 昭和61年(ワ)57号 判決

原告

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

金野光雄

外五名

被告

佐藤茂

右訴訟代理人弁護士

川原悟

川原眞也

被告

宮城県信用保証協会

右代表者理事

麻生卓哉

右訴訟代理人弁護士

八島淳一郎

主文

被告佐藤茂は原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、仙台法務局昭和四九年三月二五日受付第二一六一七号の持分所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告宮城県信用保証協会は原告に対し、前項の抹消登記手続をすることを承諾せよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告らはそれぞれ「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  主張

一  請求原因

1(一)  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと訴外佐藤ユキエ(以下「ユキエ」という。)、同千葉とよ(以下「とよ」という。)の共有であつたところ、原告は、昭和二五年七月二日付をもつて、旧自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)三〇条一項の規定(未墾地買収)により本件土地を買収した。

(二)  そして、原告は本件土地を含む広大な土地(宮城県苦地地区と称される広大な区域)を確定測量のうえ、新たな字、地番を付した。本件土地はこれら新地番を付された土地である宮城県宮城郡宮城村芋沢字青野木三六二番、三六六番、三六七番、三七六番、三七七番の一部となつている。

原告は、昭和三五年までに、自創法四一条、農地法施行後は同法六一条の規定により、右三六二番土地を訴外大沢開拓農業協同組合に、三六六番及び三七七番土地を訴外早坂今朝造に、三六七番及び三七六番土地を訴外寒河江行夫にそれぞれ売渡し、当時右各土地につき被売渡人名義の所有権保存登記を了した。

2  しかるに、右売渡土地の一部である本件土地には右所有権移転の過程と一致しない被告佐藤茂(以下「被告佐藤」という。)名義の仙台法務局昭和四九年三月二五日受付第二一六一七号持分所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)が存在し、このほか被告宮城県信用保証協会(以下「被告協会」という。)を根抵当権者とする同法務局昭和五七年二月一日受付第九七号根抵当権設定登記がなされている。

よつて、原告は被告佐藤に対し、物権変動的登記請求権に基づき、本件所有権移転登記の抹消登記手続を求めるとともに、右根抵当権設定登記における根抵当権者である被告協会に対し、右抹消登記手続をすることについての承諾を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1(一)の事実中、本件土地がもとユキエ、とよの共有であつたことは認め、その余は不知。

2  同1(二)の事実は不知。

3  同2の事実は認める。

三  被告らの抗弁

被告佐藤はユキエから、昭和三三年五月一三日に、本件土地の持分二分の一全部を買受け、これに基づいて本件所有権移転登記を経由した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は不知。

五  再抗弁

1  原告が本件土地をユキエ及びとよから買収したのち、原告の機関たる宮城県知事は、昭和四六年一一月四日に旧農林省名義に所有権移転登記をする手続の嘱託を行つた。これにより、同日右登記嘱託書が嘱託書綴込帳に編綴され、本件土地の登記用紙中の標題部欄外に自創法による買収のあつた旨並びにその買収登記嘱託書が編綴された綴込帳の冊数及び丁数の表示(いわゆる耳登記。以下「耳登記」という。)が行われた。

2  ところで、農地改革に伴う大量の土地買収登記手続の簡略化を図るため、自作農創設特別措置登記令(以下「登記令」という。)は既登記の土地を買収した場合の登記用紙への記載にも特例を設けた。すなわち、買収による権利取得の登記は、登記官吏が買収登記嘱託書を受理しこれを嘱託書綴込帳に受付番号順に編綴したときに、この綴込帳を登記簿の一部とみなし、右嘱託書により登記の嘱託のあつた事項について編綴の時に登記があつたものとみなす(登記令一〇条)というものである。その場合、当該買収に係る土地の登記用紙中の表題部欄外に前記の「耳登記」がなされる(同令施行細則四条)が、この措置は単に嘱託書綴込帳と登記簿との連絡を示す便宜的手段にすぎない。このようにして、右買収土地の登記簿上は政府名義の所有権移転事項の記載は省略される。

3  したがつて、本件においては昭和四六年一一月四日に買収登記嘱託書が嘱託書綴込帳に編綴されたのであるから、同日原告が対抗要件を備えるに至つたものである。しかも耳登記がなされているので、本件土地の登記簿と嘱託書綴込帳との連絡表示にも欠けるところはない。

その結果、仮に被告佐藤がその主張のような売買を行つたとしても、前記嘱託書綴込帳への編綴時点で、被告佐藤は本件土地について確定的に無権利者になつたのであり、本件所有権移転登記も実体を伴わない無効な登記ということになる。

六  再抗弁に対する被告らの答弁と主張

再抗弁1の事実は不知、同2、3は争う。

登記令一〇条により対抗要件を備えたというためには、その公示機能の必要性に鑑みれば、登記の嘱託書を綴込帳に編綴しただけでは足りず、登記令施行細則四条所定の「自創法による買収のあつた旨」の記載を当該登記簿にするのはもとより、そのほか記入の日付や登記官吏の名を明らかにしなければならないと解すべきところ、本件耳登記は右細則に従つた記載ではないので対抗要件たりえず、原告は対抗要件を備えた被告らに対抗しえないというべきである。また、本件耳登記が対抗要件たりうるとしても、本件は同一不動産について二重に表示の登記がなされている二重登記の問題であつて、前の表示の登記に基づいている被告らの登記を抹消すべき例外的な場合には当たらない。

仮に、被告らが本件請求に応じなければならないことになれば、それぞれ大きな損害を被るのは必至である。これは、原告が買収後速やかに有効な登記をなし、本件登記簿を閉鎖しなかつた過失によるものであるから、原告に賠償責任がある。

被告協会は、原告の本件請求は信義則上右賠償をするのと引換にのみ認容されうるものであるとの主張を付加する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(一)(本件土地の元所有者及び原告による買収)の事実中、本件土地がもとユキエ、とよの共有であつたことは当事者間に争いがなく、原告による買収の事実は〈証拠〉により、これを認めることができる。

二同1(二)(本件土地の売渡)の事実は、〈証拠〉により、認めることができる。

三同2(本件各登記の存在)の事実は当事者間に争いがない。

四抗弁(被告佐藤の本件土地買受)事実は、〈証拠〉により、これを認めることができる。

五再抗弁について

1  再抗弁1(買収登記嘱託書の編綴と本件耳登記がなされた経緯)の事実は、〈証拠〉により、認めることができる。

2  しかるところ、いわゆる農地改革として自創法による土地買収がなされた場合における権利変動の公示については、大量処理に迅速かつ適切に対応する必要から、国の機関としての都道府県知事が職権で所有権移転の登記嘱託をなし、登記官吏が当該買収登記嘱託書を受理しこれを嘱託書綴込帳に受付番号順に編綴したときに、この綴込帳は登記簿の一部とみなされたうえ、右嘱託書により登記の嘱託のあつた事項については登記があつたものとみなされることになつており、しかもその場合、当該買収に係る土地の登記用紙中には、その表題部欄外に耳登記がなされるだけで登記簿への政府名義に関する所有権移転事項の記載は省略されている(登記令一〇条、同令施行細則四条参照)。

前認定のとおり、本件において昭和四六年一一月四日に買収登記嘱託書が嘱託書綴込帳に編綴されたのであるから、同日原告が対抗要件を備え、本件土地について完全な所有権を取得したことになる。一方、本件所有権移転登記が行われたのは前認定のとおり右の後である昭和四九年三月二五日であるから、原告の本件土地に対する所有権取得が被告佐藤のそれに優先し、結局本件所有権移転登記は物権変動の過程に符合しない無効な登記というべきである。

ところで、本件土地の登記簿である〈証拠〉を見るに、その表題部欄外には「土地登記嘱託綴込帳第壱冊四丁」とだけ記載されているが、右耳登記の措置は、結果的に公示の機能もある程度果すことになるにしても、主眼はあくまで嘱託書綴込帳と登記簿との連絡を示して専門家たる登記官に対して嘱託書綴込帳が登記簿に取つて代わつている旨注意を促すための便宜的手段にすぎないもの、換言すれば自創法所定の公示方法ではないというべきである。したがつて、耳登記の記載も必要最小限のもので足り、本件耳登記程度の記載をもつて、登記令施行細則四条所定の欄外の表示に該当すると解して妨げず、登記簿と嘱託書綴込帳との連絡表示の用を足しているということができる。

また、被告らは、本件耳登記が対抗要件たりうるとしても、本件は同一不動産について二重に表示の登記がなされている二重登記の問題であつて、前の表示の登記に基づいている被告らの登記を抹消すべき例外的な場合には当らない旨主張する。しかし、本件では右のとおり、原告及び被告佐藤の両名が同一の表示の登記からそれぞれ権利の登記を備えたというべき場合であつて、しかも原告のなした前記本件土地の買収にこれを無効とする瑕疵を認むべき資料もないので、右両名の本件土地に対する所有権取得の優先関係は、結局登記の順位決定力(すなわちその時間的先後関係)の問題に帰するので、右主張は詳細に検討するまでもなく失当である。更に、被告らは、仮に原告の請求が認められるとしても、このような事態が生じたのは、原告が過失により前の登記簿の閉鎖申出をしなかつたことによるものであるから、原告は被告らの損害(被告協会においては一〇〇〇万円)を賠償する義務があり、信義則上、原告の請求と右賠償金の支払とは引換になされるべきであるとも主張する。しかしながら、被告らが主張する損害なるものが抽象的なものに留まつていることを度外視しても、法令上このような引換給付を命ずべき根拠はなく、登記簿の混乱を解消すべきことの緊急性、公的重要性に鑑みれば、信義則上もそのように解すべき理由は見出し難いので、その主張自体失当であるといわざるをえない。

六結論

よつて、原告の被告佐藤に対する本件所有権移転登記の抹消登記手続請求及び被告協会に対する右の承諾請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官光前幸一 裁判官大門 匡)

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